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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)699号 決定

抗告人 込谷勇

相手方 加藤徳太郎

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は、「原決定を取り消す。東京地方裁判所が同庁昭和三一年(ケ)第四五四号建物競売申立事件について、昭和三十一年三月二十九日した不動産競売手続開始決定を取り消す。本件競売申立を却下する。」との決定又は相当なる決定を求める旨申し立て、その理由として別紙抗告理由書のとおり主張した。

これに対して当裁判所は左のとおり判断する。

抗告理由第一点について。

抗告人は原審において「主債務者たる申立外込谷文化産業株式会社において相手方加藤徳太郎に対し金七十万円を本件申立債権の利息及び元本の内入として支払つた。」旨主張したものであるところ、原決定は「利息は昭和三十年十二月十九日までの間に合計七十万円支払済である。」旨抗告人の主張を誤つて摘示していることは、本件記録に徴して明かである。しかしながら、抗告人の右主張は抗告理由第二点に対する判断において説示するとおり、競売手続開始決定に対する適法な異議の事由と認めがたいので、原決定の事実摘示における右の誤りは、原決定を取り消すべき瑕疵となしがたい。よつて抗告人の右主張は採用することができない。

抗告理由第二点について。

抗告人の主張は、「本件競売手続開始決定表示の債権額は金百万円であるところ、主債務者たる込谷文化産業株式会社は債権者たる相手方に対し昭和二十九年十一月十三日から昭和三十年十二月二十八日までの間に十四回に亘り合計金七十万円を支払つたもので、本件公正証書記載のとおり利息年一割として計算すれば、元金の現存残高は金四十八万三千三百三十四円にすぎない。しかるに原決定はこの点に関して何等の判断を示さず抗告人の本件異議申立を却下したのは判断遺脱の違法があるもので取消を免れない。」というにある。そして原審証人込谷登志子(第一回)、天野直次郎の各証言、原審における相手方本人尋問の結果及び右天野証人の証言により成立を認めうる甲第二号証の一、二を綜合すると、本件消費貸借における主債務者たる込谷文化産業株式会社は債権者たる相手方に対して昭和二十九年十一月から昭和三十年十二月まで十四回に亘つて毎月金五万円宛計金七十万円を支払つた事実を認めることができるけれども、原審における相手方本人尋問の結果によると、本件消費貸借においては、利息は月五分(元金百万円に対して毎月金五万円)の約定であつたが、たゞ公正証書作成にあたつては、右約定利率は利息制限法所定の利率を超えているため、年一割と記載され、従つて右公正証書の記載は事実と相違するものであつて、主債務者込谷文化産業株式会社は右約定に従い毎月利息として金五万円宛支払つてきたものであつて、合計金七十万円の支払金はすべて利息として弁済されたものであることが認められる。(もつとも、相手方は原審において、当初本件債務の利息は月一分二厘(抗告理由中に年一割二分とあるのは抗告人の誤記と認める)である旨主張し、後に右主張を撤回して月五分と主張したところ、抗告人は右撤回に異議を述べたことは記録上明かであるけれども、相手方の右当初の主張は真実に相違し且錯誤に基くものであることは、原審における相手方本人尋問の結果により明かである。)そのほかに右の疏明を覆して抗告人主張のとおり前記七十万円の支払金の一部が元本の一部に弁済されたと認めるに足る資料は存在しない。してみれば、本件債務の元本は本件競売手続開始決定表示のとおり金百万円残存するものといわなければならないので、元本残額が金四十八万三千三百三十四円にすぎないとする抗告人の主張は採用できない。のみならず、抵当権実行のためにする競売手続にあつては、その被担保債権額の如きは、その手続で終局的に確定せられるものではないから、被担保債権の一部でも現存する限り、その数額について争があつても、競売裁判所としては競売手続を続行すべきものであつて、債権額の争はこれを以て競売手続開始決定に対する不服の事由として主張することは許されないものと解するのを相当とするので、この点からみても抗告人の右主張は理由がない。

抗告理由第三点について。

抗告人は、原決定には当事者双方から提出した証拠の挙示もなく、結局原決定の理由の記載を以てしては、何の証拠が両当事者から提出されたか明かでなく、またいずれから提出したか不明な甲第四号証を引用しているのであつて、この点からしても原決定は取消を免れないと主張する。しかしながら、決定書に当事者双方からそれぞれいかなる疏明資料が提出されたかを挙示しなくても、右決定を以て違法と解することはできない。また原決定の理由中にその作成の経緯を説明するに当り「甲第四号証」と記載されているのは、相手方提出にかかる「乙第四号証」(念書)の誤記であることは、甲第四号証及び乙第四号証の記載内容と原決定の判文に照して明かであるから、単なる右の誤記を捉えて原決定が違法であると認めることはできない。よつて抗告人の右主張も採用の限りでない。

抗告理由第四点について。

成立に争のない乙第一ないし第四号証、原審における相手方本人尋問の結果及び原審証人込谷登志子の第二回証言(但し後記信用しない部分を除く)を綜合すれば次の事実を一応認めることができる。すなわち本件消費貸借における主債務者たる込谷文化産業株式会社は抗告人がその代表取締役をしているものであるところ、同会社は昭和三十年十月末頃相手方に無断で本件債務の共同担保の一つである東京都港区芝新橋六丁目五十四番地所在家屋番号同町五十四番木造木皮葺二階建工場一棟建坪六十坪二階六十坪の西側部分約三十七坪五合を取りこわした。相手方は同年十一月初頃これを発見して抗告人を詰問したところ、抗告人は取りこわした跡に残余の部分と一体をなして増築をするから反つて担保価値が増大することを説き、来年一月末頃増築工事完成の上は、相手方の指図どおり公正証書の内容変更、変更登記等遅滞なく手続を行い決して迷惑を掛けないことを約し、その旨抗告人は前記会社の代表取締役名義で作成した念書(乙第四号証)を相手方に差し入れた。ところが、抗告人は約に反して右の増築工事をしないで、残存建物部分と約二尺の間隔をおいて四十二坪余の二階建建物を新築した上、相手方に無断で昭和三十一年三月二十八日抗告人の実弟込谷明名義で所有権保存登記をして同日三信工業株式会社のため債権極度額二百七十二万三千円に対する一番抵当権設定登記をし、その後同年四月頃右建物を赤石不動産株式会社に譲渡してしまつた。原審証人込谷登志子の証言中右認定に添わない部分は前顕各疏明資料に照して信用することができない。他に右認定を覆し抗告人の主張事実を疏明するに足る資料は存しない。

右疏明された事実に徴して考えてみると、本件は民法第百三十七条第二号にいわゆる債務者が担保を毀滅し又は之を減少したときに当ること明かであるから、抗告人は期限の利益を主張することができないものといわなければならない。抗告人の主張は独自の見解であつて到底採用することができない。

してみると抗告人の本件異議を理由なしとして却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 浜田潔夫 仁井田秀穂 伊藤顕信)

抗告理由書

一、原決定は異議申立人の主張事実を曲解し、主張事実と異つた事実を誤認している違法がある。

原決定は「申立人代理人は………〈省略〉………(二)につき利息は昭和三十年十二月十九日までの間に合計七十万円支払済である。」と摘示しているが、異議申立人は七十万円を利息として支払つた旨の主張をなした事実はなく、利息及び元本の内入として支払つた旨主張してきたものである。

即ち「事実及び争点の摘示は判決の基本たる事実上の関係を摘示し、如何なる判決を受くべき申立をしたかを表示すべき」(明治三十四年一月十六日大審民録七輯一巻九頁)ところ昭和三十一年七月六日付準備書面に基き主張した通り公正証書記載の如く利息年一割とすれば利息は二十二ケ月分計十八万三千三百三十四円となり、残額五十一万六千六百六十六円は元金の内入に充当され、元金の現在残高は四十八万三千三百三十四円となる旨主張しているに拘らず原決定が前記の如く七十万円の支払を利息と主張事実を認定したことは当事者の主張しない事実を認定した違法を免れない。

二、原決定は抗告申立人の最も重要な主張につき誤つた事実を主張したとして摘記すると共にこれについて結局何等の判断をしていないのであるから判断遺脱の違法があり、取消さるべきものである。

不動産競売手続開始決定の表示債権額は金百万円也但し貸付元金とあるが抗告申立人に於て昭和三十一年七月六日付準備書面に基き主張した通り申立外込谷文化産業株式会社が相手方に対し昭和二十九年十一月十三日より昭和三十年十二月二十八日までの間に十四回に亘り計七十万円を支払いこの事実については相手方に於ても認めるところにして、公正証書記載の如く利息年一割とすれば元金の現在残高は四十八万三千三百三十四円となるに拘らず、原審はこの点に関し何等の判断も示さず異議申立を却下したのは判断遺脱の違法あるを免れないものである。

即ち競売法による競売は民事訴訟法の強制執行と異り執行力ある債務名義を必要としないものであるから任意競売開始決定に対する異議は手続上の理由はもとより実体上の理由をも主張し得るものにして(昭和五年十二月十七日大審民事部決定、新報第二四二号四七〇頁)原審に於ては申立人が争つている相手方主張の貸付元金百万円が果して正当な債権現潜金額なりや否やを判断すべきに拘らずこの点に関し何等触れることなく異議申立を却下したのは判断遺脱の違法を免れない。而かも残債権額については相手方に於て当事者審訊にても、最初の口頭弁論に於ても利息は年壱割弐分と主張しながら其申立人の支払金について之を否認していたのであるが、抗告申立人の立証によつて其七十万円支払の主張が証明されるや今度は壱ケ月五分の割合の高利で貸していたから、其利息として抗告申立人主張の金員七十万円を領収したと主張したのであるが、右は何等の証拠もなく、虚偽のものでむしろ公正証書の記載による利息の定めは事実であるから其入金額及び残債権額について其事実の認定及法律上の判断をなすべきにこれに出てない原決定は当然取消さるべきものである。

三、原決定は前記の如く抗告申立人の主張を誤つて記載したのみならず、立証として当事者双方より提出した証拠の挙示もなく、結局決定の理由の記載を以つては何の証拠が両当事者から提出されたか明らかでない。然して何れから提出したか不明な甲第四号証を引用しているのであつて、この点に於ても破棄を免れないものと信ずる。

四、次に原決定は申立人が民法第一三七条第二号に該当する行為をした、即ち本件担保物件の一部である建物を毀滅し又は之を減少せしめたものと認定し、申立人に於て期限の利益を主張出来ないと判示したのである。

然しながら、民法第一三七条第二号は、債務者に於て抵当権者に対して、時前又は時後に於て其諒解乃至承諾を得たときは、その適用がないものと謂はねばならない。蓋し其抵当権者の諒解乃至承諾があれば期限の利益を主張することが出来るのは当然であるからである。本件に於ては其承諾があつたことは反対に乙第四号証(相手方提出)自体で明らかである。其後新築建物に相手方の為めに抵当権を設定せんとしたところ建築請負人たる三信工業株式会社より建築請負代金の未払金に第一順位の抵当権設定方を要求せられたので債務者に於て相手方に之を相談した処、その相談に応じなかつたか又は込谷登志子の証言の如く更に其新築建物に抵当権を設定することを抛棄したものである。それは昭和三十年十二月末頃か本年一月頃に込谷勇の居住する建物(本件物件)を他に売却しそれによつて相手方が全債権の弁済を受くべく、其売却方を加藤徳太郎が込谷勇の同意を得て周旋業者に依頼していること(加藤本人及込谷登志子供述参照)よりみれば(本件抵当物件が債権額より四、五倍も価値あることも併せ考慮せられたい)近々その売却代金で弁済を受くるものとして新物件に対する抵当権設定等の前記乙第四号証の契約上の請求権を相手方で爾後抛棄したものであると認定すべきは当然である。その事実を看過して恰も抗告申立人は不誠意にも契約を不履行した如く認定し且つ相手方はそれを憤つて期限前に本件競売申立をしたと認定しているが住宅を売却せしめて弁済を受けることを計画し努力する行為と抵当物件の毀損を認容しない心理状態とは同時頃としては全く相反し両立しないことであるから当事者双方の認める前者の事実からは後者の事実を否認するのが相当である。

これを看過した原決定は取消さるべきものである。

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